2020年4月30日木曜日

コロナウイルスからの手紙

上田市の島田基正会員から頂きました。
「コロナウイルスからの手紙」をどう感じるかは人それぞれですが、
私自身はこういう受け止め方が大切だと思っています。

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Coronavirus’ Letter To Humanity
人類の皆様へ (コロナウイルスからの手紙)

The earth whispered but you did not hear.
地球はささやきました。でもあなたがたには聞こえなかった。
The earth spoke but you did not listen
地球は話しかけました。でもあなたがたは聞こうとしなかった。
The earth screamed but you turned her off.
地球は叫びました!でもあなたがたは、
まるでスイッチを消すようにそれを消して、耳を貸しませんでした。

And so I was born...
だから私は生まれました、
I was not born to punish you..
私はあなたがたを罰するために生まれたのではありません、
I was born to awaken you..
あなたがたを目覚めさせるために生まれたのです、

The earth cried out for help...
 地球は助けを求めて泣き叫びました、
Massive flooding. But you didn't listen.
ひどい洪水、水害、にもあなたがたは耳を傾けなかった。
Burning fires. But you didn't listen.
燃えさかる火、山火事もあなたがたは聞こうとしなかった。
Strong hurricanes. But you didn't listen.
強力なハリケーン、台風でもあなたがたは聞かなかった。
Terrifying Tornadoes. But you didn't listen.
恐ろしい竜巻、でもあなたがたは聞かなかった。
You still don't listen to the earth when.
あなたがたは、これでもまだ地球の話を聞こうとしません。

Ocean animals are dying due to pollutants in the waters.
 海の生き物が海水の汚染物質により死んでいきます。
Glaciers melting at an alarming rate.
 驚くべき速さで氷河が溶けています。
Severe drought.
深刻な干ばつ
You didn't listen to how much negativity the earth is receiving.
 地球がどれだけネガティブなひどい状態を受けていても、あなたがたは聞こうとしなかった。

Non-stop wars.
止まない戦争
Non-stop greed.
止めどない貪欲さ
You just kept going on with your life..
 あなたがたはただあなたがたの生活を続けていました。
No matter how much hate there was..
 どれだけの憎しみがそこにあっても、
No matter how many killings daily..
 どれだけの人が毎日殺されても、
It was more important to get that latest iPhone then worry about what the earth was trying to tell you..
 あなたがたには地球があなたがたに伝えようとしていることより、最新のiPhoneを手に入れることの方が重要でした、

But now I am here.
 でも今私はここにいます。
And I've made the world stop on its tracks.
そして私は世界の軌道を止めました。
I've made YOU finally listen.
 私はあなたがたについに耳を傾けさせました。
I've made you take refuge.
 私はあなたがたに避難を余儀なくさせました。
I've made you stop thinking about materialistic things..
 私はあなたがたに物質的な考えをやめさせました。

Now you are like the earth...
今あなたがたは地球のようになっています、
You are only worried about YOUR survival.
 あなたがたは自分たちが生き残ることだけを気にかけています。
How does that feel?
 それはどんな風に感じますか?
I give you fever.. as the fires burn on earth.
 私はあなたがたを発熱させました、地球が燃やされているように。
I give you respiratory issues.. has pollution fill the earth air.
 私はあなたがたに呼吸器系の問題を与えました、地球の大気が汚染で充満しているように。
I give you weakness as the earth weakens every day.
私はあなたがたに弱さを与えました、地球が毎日弱っていくように。

I took away your comforts..
 私はあなたがたから快適さを取り去りました。
Your outings.
あなたがたの外出
The things you would use to forget about the planet and its pain.
あなたがたが忘れてしまっていたこの惑星とその痛み
And I made the world stop...
 そして私は世界を止めました、
And now...
すると今、

China has better air quality.. Skys are clear blue because factories are not spewing pollution unto the earth's air.
中国の大気の状態は良くなりました。工場が大気中へ汚染物質を吐き出さなくなり、空は青く澄み渡りました。

The water in Venice is clean and dolphins are being seen. Because the gondola boats that pollute the water are not being used.
 ベニスの水は透明になり、イルカたちを見ることができます。水を汚染するゴンドラを使っていないからです。

YOU are having to take time to reflect on what is important in your life.
あなたがたはあなたがたの命、生活、人生において重要なことは何なのか、よく考える時間ができました。

Again I am not here to punish you.. I am here to Awaken you...
もう一度言いますが、
私はあなたがたを罰するためにここにいるのではなく、あなたがたを目覚めさせるためにここにいるのです、

When all this is over and I am gone... Please remember these moments..
これが全て終わった時私は去ります、
どうかこれらの瞬間を覚えておいてください、

Listen to the earth.
 地球の声を聞いてください
Listen to your soul.
 あなたがたの魂の声を聞いてください
Stop Polluting the earth.
地球を汚染するのをやめてください
Stop Fighting among each other.
お互いに争うことをやめてください
Stop caring about materialistic things.
 物質的なことばかり考えるのをやめてください
And start loving your neighbors.
 そして、隣人、近しい人を愛することを始めて下さい

Start caring about the earth and all its creatures.
 地球とそこにいる全ての生き物を大切に考えることを始めてください

Because next time I may come back even stronger....
 なぜならこの次私はさらに強力になって帰ってくるかもしれないから、

Signed,
Coronavirus
コロナウイルスより

Received by: Vivienne R Reich
ビビアンRリーチ記
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2020年4月6日月曜日

「世間」とは何か

京都の中塚公子さんが発信している「アイリス通信24号」特集記事を転載させて頂きます。
毎回、素晴らしい記事が届きます。

今回は、『「空気」と「世間」』(鴻上尚史著、講談社現代新書)からです。今まで判ったようで解らなかった「世間」のことがよく判りました。(page43~51)

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「それは理屈だ」と「しようがない」の意味するところpage43~51

確かに、たまに耳にする「それは理屈だ」という言葉は、このことを象徴しているでしょう。
この言い方は、例えば英語には翻訳不可能です。理屈にあっているのなら、なんの問題もないのですから、「それは理屈だ」というのは、ほめ言葉になっても、けなし言葉や拒否の理由にはならないのです。
ですが、あなたと僕が日本社会に生きているのなら、この言葉が含んでいる意味は簡単に分かります。「それは理屈だ」というのは、「人間というものは、そんなに簡単に理屈で割り切れるものではない。論理的には、お前の言っていることは正しい。けれど、それでは、世間は納得しないだろう。もっと人間の事情や感情を考えろ」ということです。
これは、西洋的な「個人」の概念から出てこない言葉でしょう。
阿部さんは、「明治以降日本に入ってきた自由、平等、博愛、ヒューマニズムや愛などという言葉は伝統的な世界では用いることができませんでした」(『近代化と世間』朝日新書)と書きます。
私たち日本人が実際に生きている「世間」では、そういう言葉は、リアリティーを持ってない、ということです。
代わりに、例えば、「そこをなんとか」とか「しようがない」という言葉は、「歴史的・伝統的システム」の中で、よく言われる言葉です。
それは、「世間」の中で、独立していない中途半端な「個人」が、つまりわれわれ日本人がよく使う言葉なのです。
「それはこういうことで無理なんだ」と理屈を言っても、「そこをなんとか」と返されると、日本人としては、なんとかしようと考えてしまいます。そもそも、いくら理屈で圧倒的に正しいことを言われても、「そこをなんとか」と言い返されてしまうところが日本人としての強み(?)でしょうか。
「しようがない」に関しては、ベストセラーになったカレル・ヴァン・ウォルフレンの『人間を幸福にしない日本というシステム』(毎日新聞社)の中の文章が、典型的な欧米人の見方を表していると思います。7 

「シカタガナイ」というのは、ある政治的主張の表明だ。おそらくほとんどの日本の人はこんなふうに考えたことはないだろう。しかし、この言葉の使われ方には、確かに重大な政治的意味がある。シカタガナイと言うたびに、あなたは、あなたが口にしている変革の試みは何であれすべて失敗に終わる、と言っている。つまりあなたは、変革をもたらそうとする試みはいっさい実を結ばないと考えたほうがいいと、他人に勧めている。「この状況は正しくない、しかし受け入れざるをえない」と思うたびに「シカタガナイ」と言う人は、政治的な無力感を社会に広めていることになる。本当は信じていないのに、信じたふりをしてあるルールに従わねばならない、と言う時、人はまさにこういう立場に立たされる。
この文章を読んで、驚いた人は少なくないかもしれません。そこまでのつもりで言っていないと思った日本人は多いでしょう。正しいとか正しくないではなく、これが、欧米人の典型的な受け取り方なんだということです。
そして、西洋的な「社会」を前提にすれば、ウォルフレンの発言は正しいことになります。けれど、「世間」に生きている日本人は、そこまでの明確な敗北の意識で、この言葉を使ってはいないのです。
「シカタガナイ」に相当する英語はあります。例えば、'It cannotbe helped.’なんていう表現ですが、欧米での生活の中で、僕は欧米人がこの表現を使っているのに出会ったことがありません。ぎりぎり、'We have no choice.’(選択の余地がない)という言い方ですが、この言葉の裏には、「考えられる限りのことはやった。でも、これしかない」という能動的なニュアンスがあります。
「しようがない」という受け身の、なにもしないまま、ただ気持ちだけ「あきらめる」というニュアンスの発言はほとんど聞きません。それは、西洋的な「社会」では、ものすごく敗北的なことになるからだと思います。こんな言葉を簡単に言ってしまう「個人」は、西洋的な「社会」では、完璧に負け犬(loser)なのです。
あらためて確認しておきますが、だから、欧米人と日本人のどっちが正しいか、なんてことを僕は言っているのではありません。
私たち日本人は、望むと望まざるとにかかわらず、こういう社会に生きている。だから、まず、この社会の特質を明確にしよう。そうすることで、自分が生きている世界がくっきりと見えてくると思っているのです。
阿部さんはこんなことも言っています。
「世間」と社会の違いは、「世間」が日本人にとって変えられないものとされ、所与とされている点である。社会は改革が可能であり、変革しうるものとされているが、「世間」を変えるという発想はない。近代的システムのもとでは社会改革の思想が語られるが、他方で「なにも変わりはしない」という諦観が人々を支配しているのは、歴史的・伝統的システムのもとで変えられないものとしての「世間」が支配しているためである。
(中略)明治以降わが国に導入された社会という概念においては、西洋ですでに個人との関係が確立されていたから、個人の意志が結集されれば社会を変えることができるという道筋は示されていた。しかし「世間」については、そのような道筋は全く示されたことがなく、「世間」は天から与えられたもののごとく個人の意志ではどうにもならないもと受けとめられていた。(『学問と世間』岩波新書)
「世間」は変えられないものだと思っているから、「しようがない」という言葉がよく出てくるというのです。それを簡単に敗北主義的だと攻撃するのはちょっと酷というものでしょう。
阿部さんは、大学の教授でもあったのですが、最もやっかいな生徒は、両親が教師の生徒だと語ってい8 

ます。
教師は理想を語ります。それは、独立した「個人」が生活する「社会」における生き方です。教師は、決して「長いものに巻かれろ」というような「世間」の智恵は語りません。
学級会のまとめで、「一番大切なのは、『長いものに巻かれろ』ということだ。上司とか強い奴のギャグにはとりあえず大声で笑っとけ。今週の標語は、『寄らば大樹の陰』だ」なんていう生きる智恵を語る教師はいないでしょう。いたら、教育委員会やPTAが問題にするかもしれません。結果、子供たちが生きていく世界の真実を伝えようと思う教師は沈黙するしかなくなります。
教師として公式に語ることを求められるのは、強い「個人」となり、長いものに巻かれてしまう「世間」と戦い、「社会」を変革する、ということを理想とするということです。
けれど、残念ながら、日本の現実は、そういう「個人」をなかなか受け入れてはくれません。
教室でだけ、教師の理想を聞いていた生徒は、やがて「世間」との付き合い方を知るようになりますが、教師の子供は、家庭でも教師である親から理想を聞くので、「世間」の存在自体を受け入れ難くなるのだと、阿部さんは言うのです。
じつは、僕は両親が小学校の教師だったのでこの言葉がよく分かります。僕が子供の頃から感じていた「世間」に対する違和感は、これだったのかとこの文章を読んで納得しました。
この本は、僕がそもそも「世間」と「空気」に息が詰まり、それを乗り越えるためにどうしたらいいか考え始めたことから生まれました。
うっとうしい「世間」と「空気」の中で、どう生きたらいいのか。それは、この本のメインテーマですから後述します。

インテリが無視する「世間」

さて、阿部さんは「日本人の多くは『世間』の中で暮らしている。しかし日本の学者や知識人は『世間』という言葉から市民権を奪い、『世間』という言葉は公的な論文や書物には文章語としてほとんど登場することがない」と、憤慨しています。そして繰り返し、「『世間』を研究することはとても大切なのに、学者やマスコミの人間たちは、『世間』の存在を無視して、まるで、『社会』にいきているのかのように振る舞う」と抗議「の声をあげ続けました。
海外で長く暮らした人は、たいてい二つのタイプに分かれます。
「日本を大嫌いになる」か「外国を大嫌いになる」かです。
日本のいいところと、自分が住んだ外国のいいところを、冷静に分析して取捨選択しようとする人は、本当に少数派です。
例えば、若い頃、フランスに何年か住んだ人は、何かあるとフランスを持ち出し、日本のベタベタとした人情だけの、理屈が通らない現状を攻撃します。意識としては、完全にフランス人です。
逆に、海外でこっぴどくうちのめされた人は、例えばアメリカの、なんでも契約で、ずけずけとものを言い、ものごとをはっきりさせる、情緒のなさを激しく攻撃します。熱烈な愛国主義者になるのです。
それはつまり、西洋的な「社会」に憧れるか、日本の「世間」を熱烈に受け入れるか、の極端な結果だと思えるのです9 

若者が感じるのは「世間」ではなく「空気」

「社会」と「世間」の違いを、概括的に書いてきましたが、阿部さんは、「世間」の原理、ルールをいくつかあげています。
それを今から整理します。
ただし、その前に、大切なこと――。
ここまで読んで、「私は『世間体が悪く』なんて言い方しないのになあ」と思っている若い読者がいると思います。「両親や祖母は言うけど、今どき、『世間様に申し訳ない』とか『世間体が悪い』なんて言わないし、思ってないんだけどなあ」という人です。その気持ちもようく分かります。
ある大学の講演会で、これから書く「世間」の特徴をいろいろとあげました。大学生たちは、興味を示しても、どこか他人事のように聞いていました。
ところが、「この『世間』が流動化して、どこにでも現れるようになったのが、『空気』なんだよ」と言った途端、教室の空気が一変しました。それは、劇的と言っていい変わり方でした。
「ああ、分かる」と思わず声を出した女性もいました。自分がいつも苦しめられている「」とはなにか、それがリアルに分かった瞬間なのでしょう。
なので、今から書く「世間」の特徴は、さまざまなレベルで「空気」に当てはまるものなのです。…

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鴻上尚史氏(こうかみしょうじ)作家・演出家。1958年、愛媛県生まれ。早稲田大学卒。在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。94年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞、2010年「グローブ・ジャングル」で読売文学賞戯曲賞。現在は、「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に脚本、演出を手掛ける。近著に『「空気」を読んでも従わない~生き苦しさからラクになる』(岩波ジュニア新書)、『ドン・キホーテ走る』(論創社)、また本連載を書籍にした『鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』がある。

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2020年3月10日火曜日

特集 農業激変 JA大淘汰

DIAMOND online より

農協(JA)の大淘汰が始まった。ダイヤモンド編集部が独自に試算したところ、全国にある600JAの「4分の1」に相当する153JAが赤字に沈むことが分かった。農協の本分である農家支援をおろそかにして金融事業に依存する農協には未来はない。一方、農業に商機を見いだしたトヨタ自動車や三菱商事などは有力農家を囲い込み始めた。消える農協と攻める企業──主役交代が進む農業激変の現場を全9回の連載でレポートする。

JA佐久浅間と、JA信州うえだが「消える農協」ワースト6061位にランクされている。
#9には、闘う農協の姿がある。


キャノングローバル戦略研究所(CIGS)より
【平成農政を振り返る】減反廃止はフェイクニュース、令和で真の改革を

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2020年1月16日木曜日

日本を衰退途上国に落とした5つのミス

 「蓼科だより」619号に「日本はもはや後進国になった!」という Newsweek日本語版に載った孫正義さんの記事を紹介しましたが、それよりも深刻な内容です。著者の冷泉さんは、東京大学文学部卒です。文学部はこんな素敵な人がいるんですね。ですが、日本に在住していないのはなぜでしょう。


MAG2NEWS.0115より。

「発展途上」ではない。

日本を衰退途上国に落とした5つのミス


30年に渡り景気の減速が続く日本。どれだけ現政権が自らの経済対策の「効果」をアピールしようとも、私たち庶民が好景気を実感することが出来ないのが現状です。なぜ我が国はこのような惨状に陥ってしまったのでしょうか。米国在住の作家・冷泉彰彦さんは今回、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、日本が「衰退途上国」に堕ちた原因を考察しています。

2020年の呪い

日経新聞というのは、日本の会社社会と言いますか、財界を代表する新聞ですが、時々妙に反省モードになることがあります。割に多いのが、年初の連載記事というもので、今年の場合は「逆境の資本主義」という現代の資本主義論で、割と力作のようです。
その日経の「反省モード連載」の中で、最大のヒットとなったのが1997年に掲載した「2020年からの警鐘~日本が消える」だと思います。当時は、相当に話題になりましたし、単行本化もベストセラーになっています。
今年はその「2020年」に他ならないわけで、97年という時点では近未来として考えられていた「2020」という数字が現実となっているわけです。では、改めてここから「23年前」に封印された「タイムカプセル」、つまり「危機感のタイムカプセル」を開けてみるとどうなのでしょうか?
ここにその「2020年からの警鐘」の単行本があるのですが、読んだ感想を正直に申し上げるのであれば「脱力感」というような奇妙な気分があります。どういうことかというと、23年前に「こうなってはいけない」と当時の日経の記者やエコノミストたちが「危機感に駆られて」書いた内容が、その2020年になった現在では「全く危機感を感じない」からです。
まず帯からしてそうです。「先送りはもう許されない」「先の世代に『夢』ある社会を残すために、我々は何をなすべきか」「金融、司法、自治、教育など戦後システムを根底から問い直す」というキャッチコピーが、もう23年後の今見ると「脱力」せざるを得ません。まずもって、「ある社会などというのはとっくの昔に消えてしまっているし、そんな表現自体が違和感を通り越して新鮮に見えるぐらいです。
そして「先送り」ですが、23年前の「許されない」という指摘にも関わらず、「金融、司法、自治、教育」のすべてについて改革は23年間という途方もない時間、堂々と先送りされてしまっている」わけです。そうした事実を前提としますと、23年前の「先送りはもう許されない」という力の入った宣言には、何とも言えない脱力感を感じるのです。
それは「力を入れて宣言しても、どうせ可能にはならない」という無力感です。「改革なんかしなくても、夢など消えてなくなっても、どっこい社会は続いている」という沈黙の声の大きさ(矛盾した言い方ですが)から考えると、この種の構造改革論が無力であったという絶望にも似た思いかもしれません。
ですが、この「2020年からの警鐘」の本文を読み進めていくと、脱力感とか無力感というのは、戦慄に変わりました。まず強く感じられるのは、23年前に当時の人々が想像した「暗い未来予測がそのまま実現しているということです。これはもう恐怖としか言いようがありません。まるで、日経新聞が23年前にかけた「呪い」に日本経済がそのまま縛られてしまっているかのようです。
冒頭いきなり「大手都銀の倒産」可能性が語られますが、これは96年から97年の話でこれは長信銀の金融危機としてすぐに現実のものとなります。その先の様々な記述、
  • 無縁墓
  • リスク取れない日本マネー
  • 低賃金のアニメ業界
  • 間違う裁判官
  • 幸福感の低い子供
  • 研究鎖国
  • なくなる退職金
  • 孤立する人々
  • 英国病より重い
といった指摘は、2020年の現在、全てその通りとなり、そして改革は先送られそのまま問題が悪化しているだけです。正に、この本によってかけられた「呪い」がその後ずっと日本を縛っているとしか言いようがありません。
恐ろしいのは、結論の部分です。この「2020年の警鐘~日本が消える」が指摘している「日本が消える」ということの意味ですが、成長率が低下して国際経済における日本の存在感がかすむことが最大の問題で、それを「日本が消える」という表現で警告しているわけです。

具体的には、この本の236ページから237ページでは、1990年には世界のGDP総額に占める日本の割合が13.9%であったのが、このまま「構造改革が進まずに現状を放置」した場合には、2020年には9.6%になってしまう。このことを「日本が消える」と表現して危機感を訴えているのです。
では、現実はどうなったのかというと、現状は5.9%」です。つまり、1997年の段階では、2020年には9.6%になって「日本が消える」から大変だと言ってたわけですが、現実には2019年には「5.9%」になってきているわけです。更に人口減と競争力喪失により2050年には2%になるという予測も出ています。
つまり1997年の人々の感覚からすれば、日本経済は「消える」どころか「なくなっているに等しいわけです。そう考えると、この「2020年の警鐘」という本(日経の連載記事)の呪いというのは大したことはなく、その23年前の呪いに縛られていたというよりも、日本経済には更に強い「自縛」とでも言うべき呪いがかかっており、そのために経済が「消えた」と言って良いと思います。
ところで、この実際の2020年にはそのような「経済が消えた」という論調が急に増えてきました。成功の味覚を知っている世代がどんどんリタイアしていて、文句を言われることが減ったということもありますが、衰退という事実が隠せなくなっている中では、「日本は途上国になったとか先進国ではないという言い方がごく自然になったということがあります。
この種の「日本は途上国になった」論については、2つ指摘しておかねばなりません。
1つは、「途上国になった」という指摘は必ずしも正しくないということです。途上国というのは実は省略した言い方で「発展途上国」という意味ですが、日本はこれには当てはまらないからです。何故ならば、日本は「発展の途上」ではなく、「縮小・衰退の途上」だからです。
この区別というのは重要です。なぜならば、人類の史上の中でこれだけの規模の経済が、これだけのスピードでまっすぐ衰退の方向へ突っ走っているという例はないからです。具体的に言えば、1990年前後をピークに、30年間ずっと一直線に衰退している、これは非常に珍しい事例です。また、衰退の前に明白な繁栄があったというのも珍しいです。
勿論、そこには可能性もあります。成功している部分、かつて成功していた部分を大切にして、それを広げていく中で全体を再度繁栄の方向に転換することはできるかもしれません。ですが、過去30年、それはできなかったという事実は重たいものがあります。
そうではなくて、衰退途上国には独自の問題があります。1つは、過去の成功体験を記憶しているために、いつまでも「昔の発想の延長で考えてしまうという愚かさです。それとは別に、諸外国がまだまだ日本の経済力を当てにしているので、「貧しくなったのにODAを出し続ける」とか「外タレのギャラが高い」とか「TVの放映権料を吹っかけられて結局は中継できない」といった情けない状況が生まれたりもします。
最大の問題は、先進国時代の「贅沢な安全基準」「大き過ぎるインフラ」「要求の高い市民や消費者」といったものを抱えているために、ただでさえ過大となっている社会維持のコストが重くのしかかっているという問題です。これは、昨年秋の台風15、19、21号でイヤというほど思い知らされた問題です。
とにかく、全体が大きく沈みつつある中で、部分的に過去の先進国時代の制度やインフラが残っていて、これが悪い作用を起こしている、その一方で過去の成功体験の延長上でしか発想できない…これが「衰退途上国の特徴であると言わざるを得ません。
2つ目は、そうは言っても何もかもを破壊してしまって、まっサラの状態から再出発すればいいとか、日本をゼロベースで再構築すれば良いというわけではないということです。また、このまま衰退に身を任せて、家族を形成するのを諦め、生活水準や平均寿命は徐々に切り詰めて行けばいいということでもないということです。

まず必要なのは、現在の日本で何が起きているのか、何が問題で、何を失いつつあるのかといった「現状把握をすることです。全ての改革、全ての生存への作戦はそうした現状認識から始まると思います。
改めて5つの問題を指摘したいと思います。
1つは製造業から金融・ソフトといった主要産業のシフトに対応できなかったこと。また自動車から宇宙航空、オーディオ・ビジュアルからコンピュータ、スマホへと「産業の高付加価値化にも失敗したこと。
2つ目は、トヨタやパナソニックなど日本発の多国籍企業が、高度な研究開発部門を国外流出させていること。つまり製造部門を出すだけでなく、中枢の部分を国外に出してしまい、国内には付加価値の低い分野が残っているだけという問題。
3つ目は、英語が通用しないことで多国籍企業のアジア本部のロケーションを、香港やシンガポールに奪われてしまい、なおかつそのことを恥じていないこと。
4つ目は、観光業という低付加価値産業をプラスアルファの経済ではなく、主要産業に位置づけるというミスをしていること。
5つ目は、主要産業のノウハウが、最も効果を発揮する最終消費者向けの完成品産業の分野での勝負に負けて、部品産業や、良くて政府・軍需や企業向け産業に転落していること。
この5つの結果として、日本型空洞化が日本経済を蝕んでいるのだと思います。1997年の人々が「このままでは2020年には世界のGDPの9.6%」というシェアまで落ちてしまう、そうなれば「日本が消える」と真剣に心配していたわけですが、実際の2020年になってみたら「9.6どころか5.9という地をはうような状況」になっているわけです。
日本型空洞化の研究、今年もこれは大きなテーマとして参りたいと思います。

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。
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