2015年2月23日月曜日

蓼科だより・383号〜田舎暮らし情報

★ーーーーーーーーーーーーーーーーー2015年2月21日(土)★
★テーマ:採蜜、オープンデータ、農地法再び、
     中国、絞首刑、戦争と平和
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 完全に一日遅れのメルマガになりました。内緒ですが、昨夜は楽しいことがあったのです。そして、今日も楽しくてエキサイティングなことを一日中やってました。
 蜂蜜を採集しました。4年ぶりす。その間、日本蜜蜂が私の巣に入らなかったのです。昨年6月10日でした。金陵辺(キンリョウヘン)に誘われて大きな群が巣に入ったのは。その時は本当に嬉しくて、金陵辺の威力が凄くて興奮しました。その時にアップロードしたYoutubeを再掲します。


 その日本蜜蜂は秋までとても元気に働いていました。何度か砂糖水の給餌もしました。給餌口から鏡を使って巣がだんだんと大きくなるのを見るのが楽しみでした。
 ところが、年末でしたが急に蜂の数が減り、年が開けた頃、ほとんど蜂の姿が見えなくなってしまいました。それでも、蜂の姿が見えるのではと思い、今まで様子を見ましたが、全く姿が見えないので、諦めて蜜を採集することにたのです。

 上2段を外して家の中に運びましたが、ズッシリと重く、これはたくさん入っているぞ、と気を良くして久しぶりの作業にとりかかりました。ところが、どうやって採蜜したのか忘れてしまい、養蜂先輩の従兄弟に電話で聞き直しました。記憶が全くありません。大丈夫でしょうか?
 最初は、ガスストーブの前で、たれ蜜採取の要領でやりましたが、時間がかかってダメなので、ガスレンジで湯煎し、木綿布(洗って干した手ぬぐい)で絞りました。

 巣は大きなものではありませんでしたが、8段あった巣にはびっしりと蜜が詰まっていました。生きた蜂はまったくいなくて、数十匹の死骸がありました。
 みごとに蜜が詰まった巣をカッターナイフで端の方から5センチ角ほどに切取っていくのですが、なんだか申し訳ない気持ちになります。蜜は美しい透明な金色です。切取るとタラタラと蜜の雫が落ちます。
 蜜房のフタをカッターナイフで薄く落とし、すばやく湯煎の鍋に移し10分ほど加熱し、手ぬぐいで絞りました。約80℃で10分間加熱してから、ビン詰めしました。味もすばらしいです。

 何と、3升半採れました。従兄弟にこの話しをしたら、1年目の巣にしてはスゴイ、とビックリしていました。比重は1.4だというので、6.3リットル×1.4=8.82kgとなります。ネットショップで値段をみると、200gで2500でしたから、8.82/0.2×2,500=110,250円となりました。
 えっ、本当?と驚きました。別のネット販売を覗きましたが、やはり価格は同じでしたから間違いないですね。本当に貴重品なんですね。

 昨年は金陵辺がひと鉢しかありませんでしたが、今年は現在6鉢育てています。何鉢咲いてくれるか判りませんが、楽しみです。
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 昨日(土曜)は、「International Open Data Day」なんだそうです。この日は、2013年のG8で採択されたオープンデータ憲章によって決められているそうで、世界で一斉にこの記念日にオープンデータ推進のためのイベントをやるとのことです。
 この近くでは長野大学で行われ、日頃SNS「おらほねっと」でおつき合い頂いている前川教授から情報を頂き参加しました。昨年は全国で35ヶ所、今年は倍増して60数カ所になり、県内では3ヶ所とのことでした。

 昨年は途中参加でよく判らなかったのですが、今年はよくその意味が判りました。オープンデータとは、「政府や自治体等がもつ膨大なデータを、コンピュータが加工できるような形式とライセンスで公開したデータのこと」とあります。
 膨大な公式データを活用するために、著作権問題や悪用問題に対応できるシステムということでしょうか。当初ビックデータと同じようなものかと思っていましたが、全く別物でした。情報処理の世界は本当に進化が激しいですね。

ーーー農地法は平成21年に改正されている

 前号で、「使い手がなくて困っている田畑を使いたいという人に何故自由に使わせてあげないのでしょう。・・・他の産業には絶対あり得ないことを農政ではやっているのです。」と書きましたが、実は国は平成21年に農地所有(賃貸)下限面積50アールを撤廃しているのです。
 当町の農業委員会がそれを拒んでいるだけです。何と、身内の恥を晒してしまいました。笑って下さい。

 前回書いた私がやろうとしている手続きも、国の方針通り(所有権移転登記制限下限面積の撤廃)立科町がやってくれていれば、必要ないのです。新任の担当者が1ヶ月も悩んで、私から叱られる必要も全くないのです。なんという馬鹿げたことでしょう。

下記URLに21年に行われた法改正の要点が判りやすくまとめられています。
http://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/kaikaku/pdf/kaisei_gaiyou.pdf

 ただ、原則自由でも、やはり細分化を認めてはいけない場所もあります。多大な国税と地方税両方を使って圃場整備を行った地域です。ここでは細分化を認めるべきではありません。
 ところが、とんでもないことが行われています。農家の相続の際には、限りない細分化が認められているのです。現実に私より小さい農地しか持っていない農家がたくさんあります。
 非農家には下限面積を設け、農家には制限がないということは、下限面積を設けた理由、つまり「小さい農地では農業が成立たない」という主張はどうなるんでしょう。ことほどさように、日本の農政には理念も論理も感じられません。

ーーー上海で見る中国

 上海のT様から下記の書き出しで始まるメルマガを頂戴しました。想像していたイメージと随分違うと感じたのは私だけでしょうか。

<・・・年末の上海を見ておりますと、全く不景気な感じはいたしませんでした。
会社の忘年会をしようと、社員の希望で日本料理の食べ放題のお店を予約しようとしましたら、10 カ所の日本料理店に電話して一箇所も予約がとれませんでしたので、結局私が贔屓にしている元関取がやっているちゃんこ料理のお店を予約いたしました。・・・

・・・今後の相場とか世の中の先行きを考える上で日本の主要メディアの情報は当てにしないが、日本の大勢がどちらの動くのかを見極めるために、日本の新聞は読んでいるとのことでした。・・・>


(私)いずれも日本人の言葉ですが、日本の中にいる人間にとっては寂しい言葉ですね。

ーーー「絞首刑の松井石根大将」の話し

 2/18日産経朝刊の記事です。「元陸軍第36師団歩兵第224連隊の少尉、内貴(ないき)直次(93)は戦後、松井の元私設秘書、田中正明から幾度となく聞かされた。」。この内貴さんのお話です。

 これを事実隠蔽のためのデマと読むか、それとも事実と読むか迷いますが、私は事実と読む側にいます。そうしないと、私なりの考え方ですが、私の既知全体のつじつまが合わないからです。
 どちら側の人にも、下記URLから読んで頂きたい内容です。一部を下に引用します。

「南京に入ったのは攻略戦から6年後。街は商店や人であふれ、平和な様子だった。もし、大虐殺があれば、住民の恨みを買い、われわれは平穏に駐留できなかったはずだ」

http://www.sankei.com/life/news/150218/lif1502180008-n1.html
 現在日本のこれほど平和な社会に暮らしていても、「誰でもいいから殺したかった」などと、毎日凶悪犯罪が絶えません。ましてや、極限状態に置かれた戦場で、とんでもないことをした兵隊がいたであろうことは容易に想像がつきます。沖縄の米軍兵士による犯罪が後を断たないのも一緒だと思います。

 しかし、そのことと、軍が虐殺を命令したなどということは、まったく別物の筈です。だいたい、日本軍は極悪非道だったという前提にたって全てを組み立てる人に聞いてみたい。その日本軍というのは、我々の親や祖父であることを知っているのか、ということです。
 自分の親だから良い方向に考えるべきということではなく、自分達の先祖がそんなに信じられないのかと言いたいのです。場合によると過ちはあったかもしれない、気違いもいたかもしれません。しかし、極悪非道はないと思うのです。

ーーー戦争と平和

 HAL通信2/18号より転載しました。

< 前号で、戦争と平和は「軍事コストの比較で決まる」という話をした。軍拡のコストと戦争のコストを比較すれば、明らかに戦争のコストのほうが高い。ゆえに、「戦争にならないようにする軍拡」が、リスク管理面からみた合理的選択となる。

勿論、こうした結論は、「絶対平和」を志向する方々からは批判されるであろう。「とにかく軍拡は悪」と考えるからである。そう、確かに「軍拡は悪」である。では、「戦争を辞さない国家」に対して「軍拡をしない」という政策で対抗し得るのか。そこを歴史上の事実から考えてみよう。

有史以来、第一次世界大戦までは、ほとんどの国家が侵略国家であった。侵略によって自国を繁栄させることは、その国にとって「善」だったからである。反対に、侵略される国は弱いからであって、弱さは、その国にとって「悪」だったのである。

日本国の内部でも、東北の蝦夷(えみし)は、武力の差で侵略してきた大和朝廷に滅ぼされた。結果、大和朝廷が「善」で、蝦夷は「悪」とする歴史が書かれてきた。蝦夷を意味する「夷(い)」は、悪の代名詞として、その後も長く使われてきた。

幕末時代、欧米を「夷狄(いてき)」と呼び、彼らを追い払う「攘夷(じょうい)」という言葉は「悪を滅ぼす」という意味であった。弱さは、まさに「悪」であったのである。

しかし、第1次世界大戦は、それまでの戦争の常識を覆した。戦勝国といえども、非戦闘員である国民に多くの死傷者を出し、国家はボロボロになってしまった。ごく一部の国を除いて・・。そして、その国だけが利益を貪(むさぼ)れた。そう、アメリカと日本である。

戦場となったヨーロッパの国民は、戦争を「悪」と考えるようになったが、戦争の災禍と無縁だったアメリカと日本の国民だけは、戦争を「悪」とは考えなかった。そして、両国の国民は「戦争するための軍拡」を「善」と考え、支持したのである。

日本国民は、米国との戦争に破れたことで、ようやく戦争を「悪」と考えるようになった。米国国民の一部も、ベトナム戦争の敗北で戦争を「悪」と考えるようになったが、未だに国民の多くは「悪」とは捉えていない。

だが、第1次世界大戦で、戦争が「悪」と理解したはずのヨーロッパの国民の考えも浅かった。戦争の責任を敗戦国のドイツだけに押し付け、多額の賠償金を課し、ドイツ国民の労働の果実を全て奪い取ったのである。その結果、ナチスの台頭を許し、第二次世界大戦への道を開いてしまった。>

(私)この考え方は正しいと思っています。価値観は時代と共に変わります。今の価値観で歴史を語ることは間違いです。良い悪いの問題ではなく、真理だと思います。だから、植民地政策を謝った先進国はないと聞いています。申し訳ないことをした、しかし、国家として過った訳ではない、という立場でしょうね。
 くどいですが、マッカサーの部下だったヘレン・ミアーズが書いた『Mirror for Americans: Japan』 (アメリカの鏡・日本)は教科書に採り上げるべきと思います。

フッターーーーーーーーーーーー

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