2014年2月22日土曜日

蓼科だより・332号〜田舎暮らし情報

★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー2014年2月22日(土)★
★テーマ:交通マヒと除雪,雪害,気象異変と飢饉と戦争
★蓼科便りは,”田舎暮らし”と地域(長野県東信地区)の情報をお伝えします
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 この一週間,この地方の交通は半身不随でした。今日あたりから8割回復くらいだと思います。アチコチで衝突・接触事故が相次ぎ,さぞかし板金屋さんはお忙しいのではないでしょうか。宅急便も20日まで止まっていました。
 佐久市に長男の家がありますが,降った2日目になってもまだ家から脱出できないというので,クボタ製の除雪機を軽トラに積んで脱出除雪の応援にいきました。その午前中にVベルトをコメリ東部店で調達することができ,修理が完了していました。

 長男の家は国道から2m巾の農道を約200m入らなければなりません。私が現場についた時は80センチほどの雪はそのままで,周囲の田んぼとの境が判らないほどでした。長男夫婦は遥か遠くで家の近くの除雪をしているのが見えました。
 それから約3時間,エンジンをフル回転させて除雪し終わったら真っ暗でした。でも機械の力はすばらしいです。人間の手でやったら10人はかかるのではと思いました。
 家まで除雪機が到着すると,孫娘二人が跳びついてきました。こういう時のおじいちゃんは英雄です!
ーー
 蓼科便り323号でお伝えした今月末予定の産直サミット(年一回の直売所イベント)が延期になってしまいました。今回の豪雪で,この地域一帯の農業施設,特にビニールハウスの損壊が多く発生し,イベントどころではないとのことでした。
 県の発表だと,今日現在判っているだけで5239棟の損壊といいます。立科町を含むこの東信地域が一番被害が多くなっていました。除雪が進まずまだ確認できていない地域もあるということです。
 仲間の話では,高齢の農家は再投資意欲を失っており,元の数には戻らないだろうと話していました。またハウス販売会社は,「何十年もかけて建設してきたハウスが一気にやられたので,とても生産・建設が追いつかない」と話しています。
 春を目前にして,育苗施設の建設と消費税率引き上げによる駆け込み需要も重なっているので,資材の取合いになっているとのことです。
 何れにしても今年の農作物の供給は大混乱が予想されます。
ーー
 「致知」のメルマガに映画『地球交響曲』(ガイアシンフォニー)のことが書かれていたことに触発されて,ひとつおねだりがあります。
 10年ほど前だったと思いますが地球交響曲4番を鑑賞したことがありました。その時とても感銘を受けたので,7番まである他の映画も見たいと思い中古のDVDを探してみましたが,人気があるのでしょうね,皆値段が高いのです。
 そこで,おねだりを考えました。何番でも結構ですから,送料+アルファー位のお値段でお譲り頂けないでしょうか?或いは,送料だけでお貸し願えないでしょうか?仲間と一緒に見たいと思います。
宜しくお願い申し上げます。

ーーーーー気象異変と飢饉と戦争

 先週末の歴史的豪雪に遭遇して,少し気象と飢饉についてネットで読んでみました.読むほどに背筋が寒くなるような史実が記録されていました。

 今の私達は飽食の時代を生きていて飢餓を知りません。しかし,歴史をみれば,つい最近まで飢餓が世界中で頻繁に起きていたことが判ります。今も,戦前ほどではありませんが起きています。

 大前研一さんが最近のメルマガで,「米国を断続的に襲う寒波、日本での度重なる大雪に加え、世界各地で「異変」が起きています。・・・果たしてこれが本当に『異常』なのか、それとも数年に一度はこのようなことが起こるのか、正確には、実態は明らかになっていません。」と書いています。

 しかし,ネットのWikipediaで,世界と日本の飢餓の歴史を読むと(下段にURL),100万人単位の餓死者を出すような大きな飢饉が,50年~100年単位で日本でも世界でも起きていたことが判ります。
 原因は,トップが冷害・水害・降雨・降雪・霜降等の気象異変で,害虫,疫病と続きます。
 1230年の寛喜(かんき)の飢饉では,7月20日に岐阜県で降雪が,8月25日に霜降があったとの記録があるそうです。

 戦前までの歴史は飢餓との戦いだと言っても過言ではないと思います。女子の身売りも諸国間の戦争も日常茶飯事であったことも判ります。事実として,飢饉の後には必ずと言っていいほど大きな一揆,反乱,戦争が起きたことが書かれています。応仁の乱も満州事変もそうです。

 Wikipediaでは,日本の中世以降の歴史上大きな飢饉を8つ挙げていますが,その内容を読むとまさに地獄の物語です。それが戦前まで,50年~100年単位で起こっていたのです。

 私の浅薄な学習ではありますが,大前さんの問いに対する答えは,「人間の環境破壊説も否定はできないが,気象変動は昔からあった」ということです。
 憶測をはさむなら,昔からあった異常気象を人間の環境破壊が更に助長するであろう。それが,近年世界で頻発するひと廻り大きい異常気象となって表れるのではということです。

 ただ現在は,近代から発達してきた科学の力で変動の影響を小さく押さえ込んでいると思います。例えば平成5年の東北の大冷害も,戦前までの稲作技術であれば,その被害は数倍に及んだのではないでしょうか。

 第二次世界大戦後,農薬と農業技術は目覚ましい発達をしたと言われています。そのおかげで戦後飢饉はあってもその被害は格段に少なくなっているのだと思います。
 飢饉の記述の中に,害虫と疫病被害が多く出てきますが,現在は農薬がそれを防いでくれています。農薬を嫌っている者が言いたくないのですが,いかに農業技術と農薬の発達が人類を飢餓から解放してくれたかが判ります。農薬と化学肥料がなかったら,戦前までの頻繁な飢饉と餓死の歴史が今も続いていると思われます。

 しかし,それを良しとしてはいけないと思います。化学薬品による環境破壊か,それとも50年~100年毎に100万人単位の餓死者を出すかというような単純な二者択一ではなく,第三の道,望むらくは無農薬栽培による食糧確保ができないかということです。

 一般的には,この考えは「たわ言」で始末されることは承知しています。ですが,決して夢物語ではないと思っています。現にプロの農業者として,ほたるの居る田んぼを創る会の会長も会員も実践しているからです。過去30年にわたって,冷害と病虫害に強い米づくりを実証してきました。

 お断りしておかなければなりませんが,私がやっているのは,不耕起栽培ではありますが,農業ではなく自給自足の「農楽」です。「農楽」は農業と区別する為の私の造語です。昨年は手植えをしましたが,農業ではそんなことはやっていられません。

 ともかく,私も今まで飢饉も飢餓も昔の話と思っていましたが,こうしていろいろ読んでみると,そうは思えなくなってきました。前回書きましたが,平成5年の冷害による緊急輸入の時,幸い東南アジアが健在でしたから助かっただけで,最近の気象異変をみれば,東南アジアを含んだ異変が起きないとは言えません。その時はどうなるのでしょう。

 ひとつだけ日本の飢饉の歴史をWikipediaから抜粋します。最後の飢饉と言われているそうですが「昭和東北大飢饉」です。

<・・・1930年(昭和5年)から1934年(昭和9年)にかけて、東北地方を中心に度々発生した飢饉である。第二次世界大戦前の軍国主義化の一背景となった。
・・やませの発生による冷害を主因とする東北地方の凶作は、江戸時代には天明の大飢饉、天保の大飢饉をもたらしたが、明治時代以降でも明治5年、明治35年、明治38年、明治43年、大正2年、大正10年、昭和6年、昭和8年と断続的に発生した。
飢饉は昭和時代まで多発したが、とくに昭和8年から昭和10年にかけて発生した飢饉は、日本史上最後の飢饉といわれている。
昭和恐慌(昭和5年-昭和6年)期の飢饉は、都市部の大失業と所得減少、都市住民の帰農による人口圧力などによって農村経済は疲弊、農家の家計は窮乏化し、東北地方や長野県などでは女子の身売りが起こり、欠食児童が続出した。これは、世界恐慌からはじまるブロック経済の進展などもあいまって、満州事変につながる背景ともなった。・・・>

 更に,当時の秋田魁新聞(昭和9年10月26日)には下記の記述が;
<・・山裾にある町村は、未曾有の凶作に悩み、木の実・草の根、人間の食べられるものは全部刈り取り掘り尽くし、米の一粒だに咽喉を通すことのできぬ飢餓地獄にのたうつ惨状、秋田県由利郡直根村百宅部落のごときは、空飛ぶ鳥類さえ斃死(へいし:のたれ死に)したかと思われ、
400名の部落民からは生色がほとんど奪われ、天に号泣し地に哀訴の術も空しく飢え迫る日を待つのみの状態である。・・>


 下に,私が読んだWebページを添付します。

世界の飢饉は:
http://ja.wikipedia.org/wiki/飢饉の一覧

日本の飢饉は,下記のURLから飢饉名をクリックしてお読みください。
(URLが開かない時は,コピペして下さい。飢饉まで全部)
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:日本の飢饉

ーーーーーYoutubeにアップロードしました

蓼科田舎暮らし日誌・343号・豪雪の田園風景

蓼科田舎暮らし日誌・345号・我家の豪雪

フッターーーーーーーー

無農薬玄(白)米の販売
http://daylanbo.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html

籾殻燻炭の販売
http://daylanbo.blogspot.jp/2012/02/blog-post.html

農楽のすすめ!
http://tateshinadayori2.blogspot.jp/2011/08/blog-post_26.html

”田舎暮らし”動画がYoutubeに300本以上
http://jp.youtube.com/user/takasukey

メルマガ「蓼科便り」のアーカイブス
http://tateshinadayori2.blogspot.com/
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2014年2月16日日曜日

蓼科だより・331号〜田舎暮らし情報

★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー2014年2月15日(土)★
★テーマ:潰れたビニールハウス,豪雪と除雪機,元気人間づくり
     アメリカ人がミスガイド,新国立競技場,安倍首相演説
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 私の家で,夕方,90センチでした。2週連続土曜日の大雪となりましたが,こんな大雪は初体験で,記憶にありません.通常ではどんな暖冬でも大寒前後には数回の降雪がありますが,今冬は大寒を過ぎても雪が全くなくおかしいと思っていました。

 私も被害を受けてしまいました。前回の大雪から3日ほど経って,他人に言われて気がつきましたが,昨秋まで作っていた田んぼの農道脇に建ててあった長さ20mばかりのカマボコ型のビニールハウスが潰されました。そう言われて,注意して車を運転しているとあちこちに潰れたハウスがあります。

 潰れたビニールハウスは建てて15年ほど経ちますが,今まで何ともなくて,雪でハウスが潰れるなんて想像したことがありませんでした。その時の積雪は40〜50センチですから,そのくらいなら過去にもありましたが,雪質が重かったのだと思います。

 その場所に行く農道は除雪しないので現場に行くことができません。雪どけを待って解体・修繕するつもりです。昨秋解体したハウスの材料が残っているので再利用します。いずれにしても,私にとってはかなりの手間とお金がかかりそうですが,東日本大震災や東北の豪雪被害を考えれば泣き言など言えません。

 そして今回の想定外の大雪です。今までの記憶では,すごい大雪と言っても40〜50センチでした。それが90センチです。今日明日のこの辺りの葬儀も様々な行事も皆中止になり,バスも止まってしまいました。めったに止まったことのない長野新幹線も終日止まってしまいました。

 長野県は天候災害の少ない県なので,今までテレビで「こんなスゴイの初めてです!」と,リポーターのインタビューに答えている被災者の声をよく耳にしていましたが,今回,気象の異常性をしっかり実感させてもらいました。

 おまけにとんだハプニングが発生しました。昨日朝から降り始めた雪を40センチくらいになったので,一度掻いておこうと思い,真夜中に除雪機を出動しましたが,1時過ぎに突然雪を吹かなくなっちゃいました。10年は経つと思うので,故障してもおかしくないのですが,この非常時に,しかも土日です。
 除雪しない訳にはいきません。ガレージに入れて,初めてその機械のカバーを外してみると,Vベルトがすり切れていました。ベルトが使われているとは知りませんでした。

 土日は農機具屋はどこもお休みで,結局Vベルトが手に入らず,こんな肝心な時に除雪機が使えませんでした。6年前までやっていた会社のバックホウがすぐ隣においてあったので,それを借りて除雪しましたが,さすがに1m近い除雪は大変でした。

 リスクマネージメントができていないね,なんて言われそうですね。本当にそうです。一生に一度かもしれない大雪に自分の除雪機が使えないとは!(笑えません)
ーー
 ちょっと気分を変えて。以前にご紹介した東山魁夷とモーツァルトのことを覚えていらっしゃいますか?
 昨日,友人からCDをお借りしてきました。ピアノコンチェルト23番K488の第二楽章でした。東山さんがお書きになっているイメージそのままです。本当にすてきでした。
 聞いたことのある曲でしたが,そこに物語がつくと感じるものが違ってきます。これを逆にしたのが佐村河内問題ですね。本質は変わらない筈なのに,凡人は脚色でごまかされてしまいます。(ひとごとではありません!)

ーーーーー「元気野菜づくりと元気人間づくり」

 NPO法人「大地といのちの会」理事長吉田俊道さんが指導しているこの”生ごみマジック”はすばらしいです。子供の教育のためと言ってますが,まず大人がやるべきと思いました。命とは何か,生きてるってどういうことか!が主題です。
 皆さん,騙されたと思って是非下記URLを開いてお読みください。感動します。
 私もこの方法を実践するつもりです。生ごみ用のボカシを仕込みました。

 生ゴミを土に混ぜ込んで,3日目には生ゴミが消え,1ヶ月後には野菜の種が蒔けます。これを子供達とやるのです。現象がスゴイばかりでなく,そこから学び感じ取れるものがスゴイのです。
 下記URLを開くと,右上の窓に「第一回食改善のビフォー・アフター」とありますが,そこをクリックして,PART1の第一回から読んでください。

吉田俊道さんの“生ごみマジック”~元気野菜づくりと元気人間づくり~ PART2
第1回 食改善のビフォー・アフター
http://ecopure.info/rensai/genki/genki201.html

ーーーーーアメリカ人がミスガイドされている!

 20年来のつき合いになる,アメリカのポートランドと東京の両方に会社を持ち活動している友人U氏から,慰安婦問題に関連して下記のような警鐘のメールをもらいました。
 ビジネスで今月はドイツに滞在し,3月はブラジルだそうです。外から日本を見ると,それも全方位で見ると客観的に日本がよく見えてくるのではないでしょうか。こういう方の声を傾聴するべきと思います。4月末にはお会いできるので楽しみにしています。

< メル友のみなさん,この問題に関心を持って頂きたいと思い,アンディ・チャン氏のメッセージ(AC通信)をお伝えします。日本は今,中国と韓国の圧力に晒されています。私達日本人は,国際的なプロパガンダ攻撃に対して余りにも無力すぎます。
 "男は黙ってサッポロビール”的態度は海外では通用しません。

 私はアメリカにいて,中国(尖閣問題)と韓国の慰安婦問題が悪意的且つ大げさに吹聴され、アメリカ人がミスガイドされているのを危惧していますので、日本の方に警鐘を鳴らしたいと思ったからです。

 AC通信というのは,カリフォルニア在住のANDY・CHENという台湾人が発信している通信です。彼は日本人ひいきで,蒋介石の後継者が台湾を占領していることに抗議して,ネイテーブの台湾人(彼等は中国人といわれるのを嫌う)が独立して台湾国を作る運動をしています。

 どうぞいろいろな方に転送してください。中国も韓国もある意味でアメリカにすがる、要するに子供が母親にいじめっ子=日本が勝手なことをやっていると告げ口しているわけです。アメリカ人は正義の味方が好きですから、中国も韓国も単純に日本はけしからん、汚い=真珠湾奇襲攻撃を持ち出すわけです。

 過去60年も前の事件を懲りも無く意図的に吹聴して世間の同情を買うという旧態依然とした宣伝戦です。
 日本は侍の国です。世界はある意味で日本を畏怖しています。我々は石原元知事が言うように毅然とした態度で明確に反論し、万一仕掛けられたら倍返しで報復する。要するに”寄らば切るぞ”の気構えを示すべきです。 >

 上記の挨拶文をつけて下記URLの論説を送ってくれました。
 最下段にあるバックナンバーのURLを開くと,メルマガを申込むことができます。

AC通信:アメリカのシナ人癌!
http://shinshumachidukuri.blogspot.jp/2014/02/ac.html

 この核心部分だけ下にコピーします。

<・・・日本は靖国問題について沈黙を守るだけではすまないと知るべきだ。靖国参拝を問題視するのは中国が「日本の弱点」と見なして攻撃するからである。
現時点では日本と中韓の関係がこれ以上悪化することもないから、この機会に靖国参拝で軍国主義が復活するのではないこと、参拝は続けても問題はないと宣言し、中国は挑発的言論を止めろとハッキリ言うべきである。日本の左翼政治家、メディアは中国や韓国の挑発を恐れる言論を止めるべきだ。

・・・私は日本人記者がもっとシナ人記者の靖国問題提起に反論し、中国の覇権行為に質問すべきだと思った。シナ人が靖国を質問することは政治的攻撃である。日本人記者はなぜ、中国の空気や海洋汚染、食料品の安全、南シナ海や尖閣付近で挑発行為を繰り返すことについてアメリカの立場を聞いて欲しかった。・・・>


(私)中国も韓国も孫子を勉強してるんですね,日本は戦わずして負けてるって感じではないでしょうか。U氏は,英語では次のように表現しています。
WeJapanese are very very poor against such attack by international propaganda.

 外務省はこれらの問題について国内外にアピールをしませんが,国会もメディアも何故その無作為を追求しないのでしょう。メディアがとりあげないだけかも知れませんが,聞こえてきません。外務省だけでなく,国全体がvery very poorになっているのではないでしょうか。
 もしかしたら,メディアや一部の野党がこの問題で政府を追及したら,間接的に中国・韓国を非難することになるからやらない,ということなんでしょうか?

ーーーーー新国立競技場へのコメント
 造園家杉尾伸太郎様から,すばらしい提案コメントを頂きました。杉尾様のことはネットで検索して下さい。すばらしい先生です。こんな方が運動を起こして頂ければ大きなムーブメントになるのではと思うのですが・・。
<・・先人が英知をもって作り上げた神宮外苑の環境を台無しにする事に、造園家である私としては反対です。しかし、オリンピックの開催には大賛成です。
 では、どうするか?良い解決策が在ります。シドニーのオペラハウスに学ぶのです。昨年秋、会議で訪れた際、視察できましたが、海のそばにたたずむ貴婦人のようでした。オペラハウスが完成したのは1973年の事で、僅か34年後の2007年には世界遺産に登録されました。
 新国立競技場も斬新なデザインであり、海のそばに完成すれば現代美に輝く麗人として脚光を浴びる事になるでしょう。そして30年後には世界遺産として登録される事も夢ではないでしょう。・・>

シドニーのオペラハウス
http://ja.wikipedia.org/wiki/シドニー・オペラハウス

ーーーーーすばらしい安倍首相のダボス演説!

 政府インターネットテレビにその全編(下にURL)が載っていました。
 ネットの検索で見る限りでは,中には酷評しているのもありましたが,特定の国を除けば世界からの評価は高いと感じました。わたしはすばらしいと思いました。世界に向けて日本のビジョンを見事に示してくれたと思います。堂々と,流暢ではありませんが見事な英語でした。

 すばらしいと思ったのは第三の矢に対する次の決意です。
「既得権益の岩盤を打ち破る、ドリルの刃になる。向こう2年間、そこでは、いかなる既得権益といえども、私の「ドリル」から、無傷ではいられません。」
 
 これを聞くと,自民党は本当に変ったと思います。民主党が残した最大の功績だと思います。もし,政権交代がなかったら今の自民党も安倍首相の政策も違っていたと思いますが如何でしょう。
 やはり,民主主義による政権交代は有効で必要だと思います。このような変化は独裁では絶対実現できないと思います。世界にはそんな国が多いのに驚きますね。

 大項目を六つあげていて,どれも重要ですが,私が一番良いと思ったのは下記です。
40年以上続いてきた、コメの減反を廃止します。民間企業が障壁なく農業に参入し、作りたい作物を、需給の人為的コントロール抜きに作れるようにします。

 これは,ちょっと問題では,と思ったのは,「建築規制から,容積率を廃止する」というものです。これは都市計画と建築基準法の理念そのものを変えることにつながるのではないでしょうか。充分検討して頂きたいと思います。

「世界経済フォーラム年次冒頭演説」〜新しい日本から,新しいビジョン〜

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無農薬玄(白)米の販売
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籾殻燻炭の販売
http://daylanbo.blogspot.jp/2012/02/blog-post.html

農楽のすすめ!
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”田舎暮らし”動画がYoutubeに300本以上
http://jp.youtube.com/user/takasukey

メルマガ「蓼科便り」のアーカイブス
http://tateshinadayori2.blogspot.com/
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2014年2月9日日曜日

蓼科だより・330号〜田舎暮らし情報

★ーーーーーーーーーーーーーーーー2014年2月8日(土)★
★テーマ:大雪と除雪機,ワラ堆肥,何故宮部は特攻を,
     慰安婦問題,新国立競技場
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 2日遅れの発信となりました。
 先月はパソコンのハードディスクドライブ(HDD:情報記憶装置)が壊れて交換し3日間ストップし,今回は原因不明(私が判らないだけですが)のメール発信不能になり,2日間ストップしてしまいました。受信はできるのですが,発信ができなくなってしまったのです。6年目にして初めてのトラブルです。

 インターネットを介してアドバイスは受けましたが,自力で解決できホッとしております。ですが,ご覧のとおり新しいアドレスになりました。1文字「2」の数字が加わりました。宜しくお願い申し上げます。
 下記「蓼科便り」の内容は7日(土)に書いたものです。
ーー
 昨夜から降り始めた雪が,朝には10センチほどでしたが,昼には30センチになり,現在夜10時では40センチになりました。これで止みそうです。
 どんなに暖かくも雪が少なくも,大寒過ぎには降るというのが常識でしたが,今年はその常識が外れました。マイナス10℃以下になった日も,昨年は4〜5回あったと記憶していますが,今年はありませんでした。やはり暖冬なんですね。

 今冬初めて除雪機を使いました。クボタの除雪巾80センチほどの機械ですが,馬力があり6〜7m先まで雪を飛ばしてくれます。機械を使ってみると,文明の威力が実感できます。ガソリンを12リットル使いました。
 具合良いな,と思いながらも,この便利さが環境負荷を増やしてるんだろうなと感じます。しかし,40センチの雪道を200mも手でかきなさいと言われたら逃げ出します。田舎は幹線までの距離が長いのです。

 そんな時,自然環境に負荷をかけることによってしか今の快適な生活は保てないんだなと思うのです。「所詮,人間は地球の癌細胞なんだよ」と言った大先輩の言葉が忘れられません。今は,放射能のリスクによる負荷か,CO2による負荷のどちらをとるかという選択を迫られているんですね。
 第三の道が見つかれば最高だと思うのですが・・。
ーー
 昨秋からの懸案だった稲ワラの処理がやっと終りました。火・水と延べにして6時間ばかりかけて,お借りしたカッターで刻んで,堆肥にするために積上げました。EMの本部でも今回の私のような試みをやったことがないというので,いつもの生科学に詳しいS先輩に指導を仰ぎました。

 ストックヤードは,コンパネで2間(3.6m)四角に囲んで造りましたが,終ってみると,積上った高さが80センチほどだったので丁度良い大きさでした。
 エンジンのワラカッターは稲束を10センチほどに刻んで,ストックヤードに吹き込んでくれます。敷き均して踏込んで10センチほどの厚みにして,そこにEM活性液と糖蜜液を50倍位の濃度にしてジョロでまんべんなく撒いてから米糠を振りかけ,レーキで撹拌しました。これを繰り返して積上げたのです。
 この様子を記録しましたので,Youtubeにアップロードします。

 S先輩の助言で,低温に強い好気性発酵を目指すことにしました。その方が発酵が早いのだそうです。時期遅れを取り戻すためです。EMは嫌気性菌が主ですが,好気性菌も入っているので,OKとのことでした。通気のためにストックヤードの底部に50ミリの有孔ビニールパイプを4本入れました。

 果して発酵してくれるのか,それが一番の問題です。日中は0℃を上回りますが,朝夕はマイナスになるので,水を使うとジョロも道具も凍りついてしまいます。先輩の話だと,10℃を下廻ると菌は休眠してしまうということです。春まで発酵しないかも知れません。こんな真冬に堆肥づくりをすることが非常識なのでしょう。(苦笑)
 しかし,変則を楽しむ農楽者にとってはこの試みの先行きが楽しみです。一週間も経って温度が上がってこないようであれば加温しようと思っています。ポリタンクに熱湯を入れて埋め込もうと考えています。

ーーーーー「何故,宮部は特攻を志願したのか?」2

 「永遠のゼロ」(百田尚樹著)をテーマにして,表記の謎解きのために,安中さんとインターネット対談をしました。わたしもとても良い勉強になったので,掲載させて頂きました。前回からの続きです。
 グリーンは(安中)さんの語りです。

(安江)次のような記述もあります。
「ミッドウェーから戦っていたベテラン搭乗員が『敵艦に爆弾を命中させたら,戻ってきてもいいでしょうか』と尋ねたそうです。すると宇垣長官は『ならん』と言い放ったそうです。」

 これも本のどこかに書いてありましたが,「飛行機と戦艦が残っている内は手が挙げられない。なら特攻で使ってしまえという訳だ。あの『大和』もそうだ。」と。

 本当にこういう会話があったのかどうか判りませんが,特攻の本質を表しているのではないでしょうか。 純粋な国民を,愛国心を盾にとり,そんな状況に追い込んだ時の日本の指導者は許せません。そういう意味で,私はA級戦犯達は日本人から見ても有罪だと思います。

 開戦は容認できるとして,終盤は,彼らの保身だったのではないでしょうか。負けると知りながら,戦いを継続したからです。結局,軍も政府も,自分で終戦の決断(=責任をとる)もできずに,天皇が決断した。天皇は,決断の時,自分の命はないと思っていたのではないでしょうか。

(安中)う~ん,事実は少し違います。彼らがどうこうより、国の統治システムや教育の欠陥だと思います。その意味では、今の中国や韓国が当時の日本にそっくりで、背筋が寒くなります。
 また、東京裁判はリンチのようなものですから、私はA級戦犯という罪を法治の意味で認めていません。

 宇垣長官の話は本当です。最後の特攻は、玉音放送の1時間後に基地を飛び立ったと言います。宇垣長官は、終戦のことを隠蔽し、6機の特攻機を発進させました。宇垣とはそんな人です。

 大和の海上特攻は、「アメリカの手に大和を渡したくない」との歪んだ意識で、命令が下されたとのことです。ただ、沖縄が陥落して以降は、特攻機の発進は大幅に減りました。このことから、「残った飛行機を特攻で使ってしまえ」は無かったと思います。

(安江)東京裁判の事後法裁判と勝者の裁き批判は私も承知しています。しかし,国の統治システムと教育のことを持ち出したら,責任者はいなくなってしまいます。このような責任は,そのシステムの由来も含めて,時のトップが責任をとるしか方法はないのではないでしょうか。

(安中)もちろん、東条たち責任者の責任は大きいですし、処罰は必要です。しかし、死刑にすれば、事実の確認、およびシステムの欠陥の解明が出来なくなります。実際、出来なくなってしまいました。
彼らの責任は国内法廷で裁くべきだったのです。死刑を免れた人もいたのですから。

 戦争は、開戦以上に終戦(特に敗戦)することが難しいのです。この頃の指導層の意識は「国体の護持=天皇制の維持」の一点でした。前線の兵隊の命を救うという意識はほとんど無かったのではないかと思います。
 また、昭和20年5月時点で、政府はソ連が参戦するとの情報を得て、8月までに降伏する用意に入っていました。しかし、陸軍の同意が得られなかったことと、原爆の威力を確認するため、終戦を遅らせたかったトルーマンの意図により、8月15日まで戦争が伸び、原爆の悲劇を生みました。

(安江)結局,軍も政府も,自分で終戦の決断(=責任をとる)もできずに,天皇が決断しましたね。

(安中)昭和20年4月に首相に就任した鈴木貫太郎は、5月に陸軍参謀の瀬島龍三から「8月までに降伏すべき」との意見書を受け、終戦を決断しました。
 昭和天皇の侍従長も務めた鈴木貫太郎は、天皇からの信頼も厚かったと思われ、天皇の同意も得て、終戦への画策をしていました。それから終戦までの3ヶ月は、遅いと言えば遅いですが、精一杯と言えば、精一杯努力したと言えます。

 なにしろ、内地、海外を合せて、なお700万の軍勢を擁していたのです。これだけの兵力を持ちながら、完全なる降伏を実行したのです。こんな国は、古今東西なかったと言えます。
 鈴木たちが1億総玉砕の悲劇を防いだ功績は大きいと私は評価します。

(安江)本土決戦の回避ですね。もしやっていれば,千万単位の犠牲者が上乗せされたでしょうね。幸い320万人(政府の公式発表。原爆・空襲全てを含む)で済みました。
 安中さん,ありがとうございました。良い勉強になりました。自分の不勉強がよく判りました。

(参考)
(安江) ヨーロッパでは,第一次と第二次大戦,約40年ばかりの間に,7千万~8千万の戦争犠牲者を出しました。(「ヨーロッパの歴史」木村尚三郎監修より)
 その間に起きたロシア革命では,スターリンが2千万人を粛正殺害しました。(草柳大蔵談)
 同じ時代の日本の犠牲者の約30倍です。当時のヨーロッパの人口は日本の10倍もありませんでした。

(安中) ジブリの宮﨑駿が「永遠のゼロ」を「ウソ八百だ」と批判しています。なぜ、こんな言葉を使って他の作者を責めるのか、宮﨑駿の作品の価値まで下がるような気がして、とても残念です。
 それと、「永遠のゼロ」は全くのフィクションではありません。
 原作を読まれた方は分かると思いますが、「大空のサムライ」の著者である坂井三郎たち、ラバウル基地に本拠を置いた「台南空」という海軍航空隊のパイロットたちがモデルです。
 宮部が後ろに付いた戦闘機からの機銃照射を、機体を横に滑らせながらかわす場面がありますが、坂井三郎の秘技と言われた「左半ひねり」そのものです。だから「ウソ八百」の非難は当たらないと思うのです。

ーーーーー慰安婦問題のYoutube画像

 前号の表題の画像についてY様からコメントを頂きました。

< 今回のお便りの中の慰安婦問題のYoutube画像を今見たところです。最近、フランスでもコミックのフェスティバルか何かで、韓国は国をあげて作ったアニメで慰安婦問題を流し続けているというニュースを見ました。
 本当にパク・クネという大統領は・・・と怒りを通り越してあきれる思いでした。今のこの状態は河野談話が発端ということも知識としてはありましたが、この画像を見て、この問題の全体像、何が問題なのかがクリアになった気がします。
 この内容が真実に近いのでは、という安江さんのコメントにうなずいた次第です。それにしても、会場で韓国のアニメを見たフランス女性が、これを見ると日本人がひどいと思えてくるというようなことを話していました。
 このYoutube画像を世界中の多くの人、特にマスコミの人たちに見てもらって、もっとフェアなグラウンドでこの問題を扱ってほしいと切に思いますね。
 まだ河野さんは生きておられるわけですが、日韓がこのようなことになっていて何もおっしゃられないのでしょうか。政治的な何かがそこにはあるのでしょうが、いつも思うことです。
 スピーカーの力強いスピーチ内容に感動して、つい書かせていただきました。>

(私)グレンデール市に慰安婦像が建ったり,ニュージャージー州で「東海」併記が可決されたりしましたが,外務大臣の責任問題ではないでしょうか。しかし,日本の高級官僚さんは,どんな失敗をしても責任をとらなくてもいいのだという不文律があると聞いていますが,本当でしょうか。

GEISHA, TONY BLAIR & COMFORT WOMEN
http://www.youtube.com/watch?v=9bOw0uhgfrY
ーーーーー新国立競技場の是非!

 2月5日昼近く,国会中継で,2020年の東京オリンピックに向けて計画されている新国立競技場の建設について,予算委員会で質疑されているのをテレビで偶然見てしまいました。
 この質疑を聞いていて,大きな疑問を感じました。国際標準とされる8万人収容の競技場が必要との主張は理解できるのですが,犠牲にするものが大き過ぎるように感じました。この建築のために都市計画法も変えてしまおうということのようですが,やりかたが変です。

 初めてこの問題に接しましたが,素敵な公園と環境と景観を破壊してしまいます。状況を知りたくなったので,ネットで「新国立競技場と都市計画法」というキーワードで検索してみました。
 ありました。伊達美徳氏という,経歴を見ると学会にも官界にも実業界にも立派な経歴をお持ちの方が驚くほどオープンなスタンスで情報を公開していました。こんな方なら信用できると思いました。
 日頃,HICPM(住宅生産性研究会)の戸谷理事長からメルマガにより,日本の都市計画の問題を知らされていましたので,伊達先生の仰っていることがスムーズに理解できました。

 要点を抜粋しますと;
「新国立競技場の設計コンペ募集要項が公開されたのは、2012年の7月である。このときその対象敷地のあたりには、都市計画の第二種高度地区で20mまでの高さの建築が許容されていた。
 しかるにコンペ募集要項には高さ70mまで建てて良いとする条件になっていた。つまり、新国立競技場のコンペの主催者は、これが都市計画法違反、建築基準法違反であることを承知で、コンペを実施したのだ。」

 本当に酷い実態です。下記を読んで見てください。
「建築家たちの新国立競技場デカ過ぎ論・・・」
https://sites.google.com/site/dandysworldg/newnatinalstadium2

 尚,戸谷理事長のブログも参考にしてください。
「私有財産権の保障と公共性(法定都市計画)」
http://www.hicpm.com/20140120-2407.html

 話が飛躍し過ぎるとは思うのですが,「満州事変」(緒方貞子著)について学んだ時,関東軍が政府方針と外交の原則を踏み外し,満州で勝手な行動をとり続けたにも関わらず,本国政府はそれを次々と追認したとありました。その結果が泥沼の支那事変となり,遂には日米戦争になってしまったと。

 私は,戸谷先生と伊達先生の論述から,土地計画法のデタラメの運用の中に関東軍の姿が重なりました。現場と政府が一体になっている姿も当時と同じに見えます。関東軍と時の政府は日本を敗戦に導きましたが,都市計画法の蹂躙はいったい何をもたらすのでしょうか。伊達さんは「貴方の暮らす街はもうすぐ消える」と書いています。
 違法な既成事実を先に作っちゃって,それを追認していくのはどうも日本の文化なのかもしれませんね。

 別情報ですが,下記ホームページの組織はすごく学際的に景観と環境問題に取組んでいるようです。このURLを開き,緑枠の「公開質問状」をクリックするとその内容を読むことができます。質問の内容は至極ごもっともな内容だと思いました。

新国立競技場について:http://2020-tokyo.sakura.ne.jp
フッターーーーーーーー

無農薬玄(白)米の販売
http://daylanbo.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html

籾殻燻炭の販売
http://daylanbo.blogspot.jp/2012/02/blog-post.html

農楽のすすめ!
http://tateshinadayori2.blogspot.jp/2011/08/blog-post_26.html

”田舎暮らし”動画がYoutubeに300本以上
http://jp.youtube.com/user/takasukey

メルマガ「蓼科便り」のアーカイブス
http://tateshinadayori2.blogspot.com/
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2014年2月2日日曜日

蓼科だより・329号〜田舎暮らし情報

★ーーーーーーーーーーーーーーーー2014年2月1日(土)★
★テーマ:新しい田んぼ,EMについて、何故宮部は特攻を!,
   食育の話,慰安婦問題のYoutube,小野田寛郎さん
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 ようやく一枚の田んぼをお借りすることができました。同じ自治会内の方で,親から2枚の田んぼを兄妹で一枚づつ相続したもので,その妹さんの分を貸して下さいました。
 今までの田んぼまでの距離は2kmでしたが,今度のは1kmもないほど近いので便利になりました。欲を言えば,前のより4アールばかり小さいので,もう一枚探しています。

 その田んぼは家の前から続いている一団の圃場の南方の山寄りにあります。総合評価すると,今までの田んぼより少し点数は落ちますが,土質は粘土で石も無さそうですし,畦も高く水漏れも無さそうなので,深水管理には適しています。充分いけると思います。
 ありがたいことに3年ばかり耕作してないというので,農薬は抜けていると思われます。

 今日は,以前の田んぼには入れられなかったので,束にして積んであったワラを,新しい田んぼで堆肥化する準備を始めました。イレギュラーな今回の稲づくりを利用して,新たな実験をしようと考えています。
 本来なら昨年秋に田んぼに入れるべきワラですが,それができなかったので,ある程度発酵させておいて,田植え直後に抑草を兼ねて田んぼに撒こうという考えです。EM活性液とコヌカでやろうと計画しています。

 ついでに,EM(Effectve Microoganismus:有用微生物群)についての所感を少し書きます。実は,私がEMに関心をもって多少なりとも手がけてから20年位経つと思いますが,「あっ,そうか!」と納得できたのは2年前の高山村における自然耕塾でした。
 EMについては否定的,或いは無効用的な批判がたくさんあります。曰く,「あの菌は自然界にあるものと同じだ」,「嘘っぱちだ。使って酷い目にあった」等々です。

 正直言って,生ゴミの処理など,私も巧く行きませんでした。ところが判ったのです。人間と似たような性質を持つ生き物だということがです。EMは,活性液として培養して使いますが,その過程では人間の赤ちゃんに対するのと同じくらいの気遣いが必要だということです。

 適温は36℃です。40℃になると死?ぬそうです。以下だと不活性化します。ですからサーモスタットを使って36℃プラスマイナス2℃位で管理します。人間と同じですが,違うところはでき上がってしまうと環境変化にも強いことです。

 米ヌカや魚粉,油粕などを混ぜて発酵させるボカシづくりで重要なのは湿り気具合です。つまり,温度と湿度の管理です。これをいい加減にすると,腐敗したり,悪臭を放ってりして失敗します.土に混ぜ込む時も同様です。私が以前にうまくいかなかったのはいい加減だったことだと気がつきました。

 自然界にはこの菌はきっとあるのでしょう。しかし,どうやって取出したらいいのか,どうやって培養したらいいのか判りません。
 そしてこの2年ばかりで判ったことは,田んぼに大量投入すると立派な稲ができることです。これは仲間のMさんも実証しています。これが最高です!

 EMの最大の利点は,培養の仕方が公開されているので,自分で培養していけば原価が限りなく易くなることです。私の場合,まず,2Lのペットボトルで一次培養します。次にそれを使って20Lポリタンクで二次培養します。更にそれを使って500Lに培養し使います。田んぼにも畑にも入れます。

 本当は,33倍になるのですが,私にはタンクが無いのと,必要もないので,上記のようにしています。一次培養液をまともに培養すると次のようになります。
 2L×33倍(二次)×33倍(三次)=2,178L
 一次培養の原液はたったの60ccです。一年に一回1000ccのEMボトルを買えば,上記の培養を16回繰り返せることになります。開発者の比嘉さんに申し訳ないような気がします。

 放射能被害を減らす効果も多くの実証を積み重ねており,福島県等の公共機関も公式に認めています。「何故,それが広まらないのか」には日本独特の理由があるようです。下記URLを開き,右上の小さなウィンドウをクリックすると,たくさんの記事があり,疑問を解くことができます。

新・夢に生きる・比嘉照夫

ーーーーーこの食育はすばらしい!!
 生ゴミを土に混ぜ込んで,3日目には生ゴミが消え,1週間で真っ白になり,1ヶ月後には野菜の種が蒔けます。これを子供達とやるのです。これは本当にすばらしいです。
 下記URLを開くと,右上の窓を開くと,第12回までの目次があります。
吉田俊道さんの“生ごみマジック”~元気野菜づくりと元気人間づくり
第1回 微生物いっぱいのおなか畑をつくろう!!
http://ecopure.info/rensai/genki/genki01.html

ーーーーー「何故,宮部は特攻を志願したのか?」
 「永遠のゼロ」(百田尚樹著)をテーマにして,表記の謎解きのために,安中さんとインターネット対談をしました。わたしもとても良い勉強になったので,掲載させて頂きました。すごく長いので,2回に分けることにしました。グリーンは(安中)さんの語りです。

(安中)「永遠の0」での安江さんの疑問、「何故,宮部(主人公)は特攻を志願したのか?」。
 この答えのひとつを私は伯父から聞いたことがあります。海軍特攻隊の生き残りである私の伯父は、志願した時の事情を話してくれました。

 「死にたくはなかった。だが、仲間だけを特攻に行かせるわけにはいかない。」これが志願した時の心境で、軍は巧妙に彼らの心理を操るやり方をしました。

 ある朝、伯父たちは整列させられ、基地司令官から特攻のことを聞かされました。そして、司令官は「特攻を志願する者は一歩前へ出ろ」と言いました。しかし、誰も前に出る者はいなかったそうです。
 伯父は、頭の中で「九死に一生の作戦なら志願するが、『死ね』はもう作戦ではない」と思ったそうです。
 すると、司令官は烈火のごとく怒り、整列している搭乗員たちを罵倒し始めたということです。「貴様ら、それでも帝国軍人か。情けない・・」延々と続く罵倒。
 それでも伯父は出なかったそうですが、そのうち、ふらふらと前に出てしまう者が現れたのです。気の弱い者が数人、罵倒に耐え切れずに、意思とは無関係に出てしまったのです。
 伯父は、「あ~、あいつらだけを死なせるわけにはいかない」と、前へ出たそうです。気が付けば、全員前に出ていたそうです。

 しかし、迫り来る死との葛藤が辛いものになります。結局、自分の死が「大切な家族を守ることに繋がる」との納得を自分の中で作ったと言いました。
 宮部も同じような心境で特攻を志願し、苦悩の中で自分を納得させたと解釈します。


(安江)自分の死が「大切な家族を守ることに繋がる」。結局,これしかないですよね。でも,私は思うのです。前線にいて,耳に入る戦局や毎日の現実から明らかなことは,「自分の死も家族を守ることはできないだろう」ではなかったでしょうか。

 それでも,自分の死が「大切な家族を守ることに繋がる」と,自分を納得させるしか他に,自ら死に向かって飛び立つ理由を見つけられなかったのではないでしょうか。本当の納得の死ではなかったと思うのです。そこが,やりきれない悲しさです。

(安中)「自分の死によって本土決戦が1日遅くなれば、大事な家族が1日長く生きられる」。これを絶望の中で思っていたのです。「納得の死」ではなくとも、納得しようと必死の努力はしていたのです。
 本当に,そこが,やりきれない悲しさですね。

(安江)「大事な家族が1日長く生きられる」。この言葉は本の中にもあったと思います。「これでアメリカに勝てる」なら,納得ですが,「1日長く」では余りにも悲壮すぎます。そしてこの言葉は,「どの道負けるだろう」が前提になっているのではないでしょうか。

(安中)「1日長く」は、「終戦に1日近づく」という意味でもあったのです。つまり、家族が死なずに終戦を迎えるチャンスが増えるという望みです。
(安江)やはり,そこまで兵隊を追い込むこと事態が間違いだと思います。何故,そこまで行ってしまったのでしょう?勝つためなら判ります。勝てないと判ってしまった戦なのに,です。
 本によると,特攻基地では,特攻機が目指す敵艦に近づく前に途中で全機撃ち落とされてしまうことが判っていたようです。それが判っていて,飛び立っていく特攻機搭乗員の心境は想像を絶します。
・・・続く。
ーーーーー慰安婦問題のYoutube画像

 慰安婦の日本軍による強制連行は虚構である!
 香川県で1973年に生まれ,小学校をオーストラリアで過ごし,中学以降はバンコクで勉強し,東京都知事にも立候補経験がある多才な活動をしている実業家谷山雄二郎氏が熱く語っています。
 私はこの内容が真実に近いのではと感じています。 
 字幕があるので,判りやすいです。 

GEISHA, TONY BLAIR & COMFORT WOMEN
http://www.youtube.com/watch?v=9bOw0uhgfrY

ーーーーー私がはじめて訪韓したのは、昭和39年のことだった。

 加瀬先生のメルマガです。こういう記録を読むと,現在の韓国の反日キャンペーンが信じられません。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。下記URLから全文を読むことができます。

<ソウルは貧しかった。毎日、餓死者が絶えなかった。それでも土間の一杯飲み屋((ポージャンマチヤ)に入って、日本人だと分かると、居合わせた客が懐かしがって、日本語で話しかけて争うようにして、白く濁ったドブロク(マッコリ)を奢ってくれた。>
反日が募る韓国をどうする? 
http://www.kase-hideaki.co.jp/magbbs/magbbs.cgi

ーーーーー 日本人の誇り,小野田寛郎(ひろお)さん

国際派日本人養成講座1/26より引用です。
「30年間もジャングルで生き抜いた強い意志は尊敬に値する」
 小野田寛郎(ひろお)さんが1月16日に亡くなった。昭和19年末、22歳にして、米軍上陸間近のフィリピンのルバング島に送られ、「離島残置諜者」として、米軍占領後のゲリラ戦指揮を命ぜられた。

 以後、30年間、ジャングルに立て籠もり、戦後のフィリピン警察軍による93回の討伐にも屈せずに戦い抜いた。その間、姉や兄弟による現地での呼びかけにも応じず、最後に元上官からの「命令」を受けて、ようやく投降した。

a. JOG(437) 小野田寛郎の30年戦争
「いまの日本が失ったものを持っている戦前の日本人の生の声が聞けるかもしれない」

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無農薬玄(白)米の販売
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籾殻燻炭の販売
http://daylanbo.blogspot.jp/2012/02/blog-post.html

農楽のすすめ!
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”田舎暮らし”動画がYoutubeに300本以上
http://jp.youtube.com/user/takasukey

メルマガ「蓼科便り」のアーカイブス
http://tateshinadayori2.blogspot.com/
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